突然ですが、私が勤務している施設には同じ土地に「特別養護老人ホーム」と「養護老人ホーム」の2つの施設が並んでいます。
特別養護老人ホームの入居者は寝たきりの方がいて、その殆どの方が車椅子を使用しています。
その一方、隣の養護老人ホームの入居者は元気で外に出てタバコを吸っていたり、1人で歩いて散歩に出かけたり近くのコンビニに買い物に行ったりしています。
この2つの施設は何が違うのか?
“特別”の意味は?
同じ老人ホームなのに、なぜこうも利用者の様態が違うのか?10年以上のベテラン職員に取材してみましたが、この疑問に正しく答えられれる職員は、そう多くありませんでした。
そこで今回は、介護職員でもなかなか分からない、2つの老人ホームの違いについて解説していきます。
施設の目的について
そもそも、この2つの老人ホームはどちらも「養老院」と呼ばれる慈善事業によって開設された施設が始まりです。
そこから1963年の老人福祉法制定に伴い分化して生まれたのが「特別養護老人ホーム」と「養護老人ホーム」です。
分化したからには、もちろんその目的が違います。
特別養護老人ホーム
特別養護老人ホームの目的は、中~重度の要介護状態であり、心身の面で日常的に介護を必要とするために在宅生活が困難である方の居住を目的とした施設です。
主目的は“介護”なのです。
そのため、特別養護老人ホームは2000年の介護保険制度が始まった際に「施設サービス」として介護保険サービスの対象施設となりました。
養護老人ホーム
養護老人ホームの目的は、生活環境や経済的理由により困窮した高齢者が自立した日常生活を送り、社会参加が出来るように生活を支援することを目的とした施設になります。
主目的は「介護」ではなく、「養護」や「保護」であり、入居者の社会復帰を支援します。
そのため、介護が保険適用される介護保険サービスの対象とはならなかった背景があります。
入所基準について
主目的が「介護」か「養護」であるという違いから、もちろんその入所要件にも違いがあります。
特別養護老人ホーム
最新の入所要件では、要介護3以上の認定を受けている方が最も重要な要件になっています。
ただしこれは平成27年の介護保険改正によって定められた規定のため、それ以前から入所していた方は退去することなく継続し居住することができています。
要介護3以上の方が基本要件ではありますが、他に介護する人がいない等の介護保険制度で規定された“”特別な事情”に当てはまる場合は入居申請を行うことが可能です。
ただし医療機関ではなく、常時医師や看護師がいるわけではないため、人工呼吸器の使用や人工透析を必要とするなどの日常的な特別の医療を必要とする方は入所できない場合が少なくありません。
介護保険法上に位置づけられているサービスですので、例にもれず、入居にあたっては利用者と施設との“契約”になります。
自身で入所する施設を選ぶことができます。
養護老人ホーム
養護老人ホームの入所要件は、生活環境や経済的理由により困窮していることが条件となります。
特別養護老人ホームと比べると、身体機能的には自立している方が多いです。
生活環境の理由とは、身寄りがない、近所に助けてくれる人がいないなどが理由で現在の住環境では在宅生活が困難であることが条件となります。
また経済的な条件としては、生活保護世帯であることや住民税非課税世帯に該当するなどの条件が必要です。
介護保険制度の対象ではなく、別の老人福祉法によって規定されている施設になっており、入居は「契約」ではありません。
市町村の役場の職員が入所希望者や入所の必要性があると考える方の身辺調査を行い、その必要性が具体的に認められた場合に「措置」として“入所させる”という手続きになります。
市町村の施策によって入所させる形であるため、特別養護老人ホームの契約方式と違って入所する養護老人ホームを選択することはできません。
サービスの内容について
目的が違えば、もちろんそのサービス内容にも違いがあります。
特別養護老人ホーム
特別養護老人ホームは「介護」を目的とした施設です。
そのため、食事や入浴・排泄などの日常生活上必要な身体介護や機能訓練、健康管理、療養上必要な世話を提供します。
施設によって差はありますが、常時介護職員が配置されています。
また、介護職員と看護職員の数の合計が常勤換算で3:1となるように規定する人員配置基準があります。
養護老人ホーム
養護老人ホームは生活に困っている方を「養護」するのが目的のため、基本的には日常生活動作は自立している方が対象になります。
そのため施設に介護職員配置は義務付けられていません。
代わりに「支援員」という肩書で職員が配置されています。
中には介護の経験がなく、身体介護に関する技術や知識を持っていないスタッフもいるでしょう。
居住中に疾病や怪我、認知症状の発現などによって要介護状態となった場合は、外部の介護保険サービスを利用することになります。
中には養護老人ホームに訪問介護事業所や居宅介護支援事業所が併設されており、そこに所属するケアマネジャーやホームヘルパーが自宅に訪問するようなイメージで介護サービスを提供する場合もあります。
重度化し養護老人ホーム内での生活が困難になると、他の介護保険制度の対象施設に転居を求められることになります。
私が所属している特別養護老人ホームでも、隣の養護老人ホームから転居してくる方が少なからずいらっしゃいます。
設備等について
その目的から、設備面でも大きな違いがあります。
特に養護老人ホームは、一般的な介護保険施設とは違ってバリアフリーではない構造になっている所も少なくありません。
特別養護老人ホーム
その目的が「介護」であるため、明確に様々な設備に基準が定められています。
例えば居室や廊下の広さやナースコール等の設置、機械浴等の設備を備えた浴室、ナースコール設備を踏まえたトイレ、医務室、汚物処理室等です。
バリアフリーである必要があり、重度な方でも日常的介護が支障なく提供できるような様残な設備の設置が介護保険法で規定され求められています。
養護老人ホーム
養護老人ホームの設備基準は、老人福祉法により規定されています。
養護老人ホームの配置、構造及び設備は、日照、採光、換気等入所者の保健衛生に関する事項及び防災について十分考慮されたものでなければならない。
もっぱら当該養護老人ホームの用に供するものでなければならない。ただし、入所者の処遇に支障がない場合にはこの限りではない。
この程度の規定しかないため、例えば特別養護老人ホームとは違ってバリアフリー環境を整える必要もありません。
前述のように、基本的には身体的に自立している方を対象としている施設だからです。
費用について
どちらのホームも費用は他施設とくらべ定額です。また減免制度もあります。
特別養護老人ホーム
特別養護老人ホームは介護保険対象であるため、その要介護度や収入によって変動する個人負担割合によっても個人差があります。
また、その居室タイプが個室なのか、従来型多床室なのか、ユニット型なのかによっても変わります。
平均して月8~13万円程度であることが多いです。
それ以外に身の回り品は実費になります。
なお、所得や財産に応じて「負担限度額認定制度」があり、居住費(部屋代)や食費が減免される制度があります。
養護老人ホーム
養護老人ホームの場合の費用は、前年度の年収によって0~14万円程度と幅広くなっています。
災害を受けた場合や生活保護を受けている場合や、その他負担能力がないと判断された場合は費用の一部を減免したり、費用そのものを免除される場合もあります。
ちなみに、養護老人ホームに居住中に要介護状態となった場合は外部サービスを利用すると紹介しましたが、実際にサービスを利用した場合は当然のことながらその費用が別途発生します。
まとめ
このように、同じ老人ホームではありますが、“特別”がつくと付かないとでは根拠となる法律から変わり、全く異なる性格の施設であるということになっているのです。
特別養護老人ホームは「介護が必要な人の世話」を目的として契約し入所する介護保険制度対象施設であるのに対し、養護老人ホームは「生活困窮者の養護」を目的として市町村が必要と判断したときに措置として“入所させる”施設という大きな違いがありました。
後者は介護保険対象ではなく、介護の設備も整っていないため介護が必要となると他施設に転居を求められる場合があります。
この点だけは必ず押さえ、誤解や混同がないように注意しましょう。